2017年12月15日

今年の漢字(宮川)

12月12日の漢字の日に合わせて、京都の清水寺で今年の漢字が発表されました。

今年の漢字は『北』になったそうです。

北朝鮮のミサイル発射が何度も行われて、その度ニュースで大きく取り上げられていました。
そのうち数回は日本上空を通過したという事で、今年はこの出来事で日本が振り回されたという印象が強いのではないでしょうか。

そして、北海道では夏に大雨が降り、その影響で北海道産じゃがいもが不足し、ポテトチップスがコンビニやスーパーで品薄の状態が続きました。現在では徐々に戻ってきています。これも今年を代表するニュースの一つですね。

このように2017年もいろいろな出来事がありました。良いニュースもありますが、今年の漢字が入ったニュースは知らない人は知らないことだったので、今回は書きません。

それから、自分にとって2017年はどんな年だったか考えてみました。
そして、自分の今年の漢字を決めました。

それは『返』です。

物理的な意味だけでなく、今までいろいろなものをもらっていたものを返す立場になり、それを少しずつですが始めました。自分の中で多くの発見がある1年になったなと思いました。
まあ、最後にある出来事があり、それまでの良いことがチャラになるくらいひっくり『返』していきましたけどね。

とにかく、みなさんも1度この1年を振り返ってみてはどうでしょうか。
posted by 先生 at 14:25| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月12日

思考の道具としての「言葉」について、思う。(江越)

1週間弱ほど(授業の振替による)お休みをいただき、単身、九州の実家に帰ってきました。
授業の振替にご協力くださった生徒のみなさん・保護者のみなさま、本当にありがとうございました。

今回の帰省は単身だったこともあり、九州弁(筑後弁?)以外を使うことはほとんどなく。
1週間弱、どっぷりと九州弁の世界に漬かってきました。

そこで気づいたのが、思考の道具としての「言葉」の役割。
なんて書くと小難しそうなのですが、話は単純で。


さまざまな作業をしながら過ごす毎日の中で、段取りや思考を整理するために、口には出さなくても脳内でつぶやくように言葉を紡いでいる私がいました。
そして、その全てがコテコテの九州弁になっていることに気づいたのです。

「こいばあぎゃんすっぎこぎゃんなっけん、そぎゃんならんごとしとかんばねぇ」
(これをああするとこうなるから、そうならないようにしておかなきゃいけないねぇ)

なんて感じで。

普段の私の脳内言語は、実はかなり共通語に近いもので。
それが、生まれ育った環境に身を置いた途端、全く変わって(戻って)しまったのでした。
そしてそのことによって、私は少なからぬ衝撃を受けました。
そういえば、私の脳内言語が津山弁になることはほとんどないのになぁ、と。

論理的な思考をしようとするとき、人は脳内で言葉を紡ぎます。
そしてその脳内言語は、おそらくその人にとってそのとき最も使いやすいもので。
その言語を「軸」として、人は思考を整理するのです。
(少なくとも、私に関してはそのようです。)

もしそうだとすると、その言語を「軸」とするには、当然のことながら、かなりの習熟が必要で。
私の津山弁の習熟度は、まだまだのようです(笑)。


この職業に就いているとよく尋ねられることの1つに、こんなものがあります。
「子どもに英語を習わせたいんですが、早いほうがいいですか?
 例えば、赤ちゃんのころからとか?」

私は、まずは日本語をきちんと使いこなせるようになってからだと考えています。
単なるコミュニケーションの手段としてなら、早くから始めればいいでしょう。
しかし、思考の道具として、「軸」として考えたとき、ひとつの言語をしっかり操れるように習熟しておくことが不可欠であると考えるからです。


英語も大切ですが...日本語も、もっと大切にしたいものです。
posted by 先生 at 22:07| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月08日

塾の仕事とは(池田)

「ワシが生徒なら、先生にこう言われたらよくわかる。」
というのをいつも考え授業をしている。
授業で必要なものは、授業全体を俯瞰する、つまり客観的に自分自身の授業を評価すること。(ちょっと難しいかな。)

・生徒は集中できているか?
・生徒は今の説明をよく理解したか?
・今のボケはすべっていないか?
・今のツッコミはうけてるか?

などを常に気にしながら授業をすることだ。

さらに、今日の授業で覚えさせたいことを、いかに楽しく、よくわかるように教えられるかが、まさに塾の先生の腕の見せどころ。
勉強とは本来楽しいものなわけで、その楽しさを伝えるのがワシの仕事。
今年は数学ばかり担当しているが、「数学が楽しい」と言わせたらワシの勝ちだと思っている。
点数がついて来れば言うことなしだが。

今日の授業は何点だったか?
それは生徒に評価されるものではあるが、自分自身でも毎回のように採点している。
塾の先生も生徒のみんなと同様に、点数をいつも気にしている。

将来、塾の先生になりたいという生徒はほとんどいない(学校の先生になりたい人は多い)。
塾の先生という仕事は楽しい仕事だけど、上で書いたように中身は濃いし、深い。
生徒に気持ちよく進められる職業ではないかもしれない。
でも、その難しさだけに、やりがいはある。
塾の先生という職業に興味がある人は、就活のとき訪ねておいで。

posted by 先生 at 01:33| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする